【創作】深夜のコインランドリーでアジフライをたべる

 深夜のコインランドリーは心が落ち着く。

 眠れない夜、部屋いっぱいに不安が充満して、息ができなくなることがある。自分の家なのに、夜更けには自分のものぐるおしさが牙をむく。壁や天井が迫ってくるような閉塞感。たまらず布団を抜け出し、パジャマの上にコートを羽織り、靴下もはかずに裸足のままスニーカーに足を突っ込んで外へ出る。

 夜風が心地いい。邪気から解放されて、自分の輪郭がほどけていく感じがする。

 家から五分ほど歩くとコンビニがあり、さらにそこから二分でコインランドリーに着く。徒歩圏内でこんな時間にも煌々と明かりがついているのはこの二軒だけだ。

 コンビニに入る。ジャンクフードが食べたかった。客は週刊誌を立ち読みしている男性一人だけだった。この時間だとホットスナックはさすがに売り切れているが、お総菜コーナーを見ると五十円引きのシールのついた唐揚げとアジフライが並んでいて、ラッキー、と思う。アジフライを買って温めてもらう。両手で受け取ったほかほかの袋の温度がうれしい。私はカロリーや油分ではなくぬくもりが欲しかったのかもしれない。その足でコインランドリーに向かう。明かりから明かりへ、光を求めて彷徨う自分は蛾みたいだと思う。

 二十四時間営業のコインランドリーはひっそりとしていた。眩しすぎる白い照明の下に、洗濯機と乾燥機と、プラスチックの硬い椅子が並んでいる。店内は無人だが、誰かの洗濯物が乾燥機にかけられている。こんな時間なのに先客がいるのか。いったん離席していて、乾燥が終わったころに回収に戻ってくるつもりだろうか。

 私の目当てはスニーカー用の洗濯乾燥機だ。

 履いてきた靴を洗濯機に入れ、洗剤とコインを投入してスイッチを入れる。裸足に床がひんやり冷たい。耳慣れた機械音が始まったのを確認して、つま先立ちで椅子まで移動する。床はあまり清潔ではない気がするので、足が床につかないよう椅子に深く腰かけた。

 さて。洗濯と乾燥の時間を合わせて五十分間、靴を履いていない私はコインランドリーの外に出ることができない。先客の乾燥機と自分の洗濯機と、二つの規則的な機械音が別々の周期で響いている。床から浮かせた足をぶらぶらさせながら、アジフライの袋を手に取った。まだじんわりと温かい。うれしい。一口かじるといかにも魚という感じの風味が広がって、ああ幸せだ、と思う。なんなら揚げたてよりおいしい気がする。夜中、こうして一人で食べる揚げ物は最高に私を満たしてくれる。

 アジフライに夢中になっていて、いつの間にか機械音が一つになっていたことに気づかなかった。男性がひとり入店してきて、あ、と思う。さっきコンビニで週刊誌を読んでいた人だ。この人もコインランドリーの民だったのか。男性は裸足で魚をむさぼる私を一瞥して、しかしあまり興味を示さず、自分の洗濯物を取り出してさっさと去っていった。大きな羽毛布団だった。男性の両腕に抱えられた布団のほかほかの温度を一瞬想像して、いいなあと思った。

 アジフライを食べ終えて、ひと息ついた。おいしかった。ついでだからカップラーメンも買ってくればよかったか。いや、さすがにコインランドリーでカップラーメンは非常識だ。深夜にパジャマで外を徘徊しておきながら、変なところで道徳心が働く。

 Twitterを開いて「コインランドリーなう」と投稿すると、すぐに「いいね」の通知が来た。いつも夜更かしをしているフォロワーからのリアクションだった。この時間のTwitterは情報共有より何気ないつぶやきに使われる傾向があり、起きているメンバーもほとんど固定されているから、談話室のような風情がある。

 持ってきた詩集を開いた。詩を読むのには場所が重要だと思う。電車内で読んではいけない。電車のガタンゴトンは速くて、文字を追うのに気が急いてしまう。ああいう場所は情報を摂取するための読書、たとえば新書を読むのに向く。コインランドリーは時間の流れがゆっくりだ。洗濯機ののんびりした機械音を聞きながら活字を眺める。心の中で詩句を唱える。ほかに誰もいないのだから小声で音読してしまってもいい。ゆっくりゆっくり読む。呼吸も次第にゆっくりになる。

 ピーピーという音で我に返った。乾燥機の終わりの合図だ。スニーカーを手に取ると、洗う前に比べて心なしか汚れが落ちている気もするが、あまり変わっていない気もする。裸足の足を突っ込む。ほかほかする。きれいであることよりも温かいことのほうが私にとっては重要だ。

 これでもう、あの部屋に帰っても大丈夫だ。今夜は安心して眠れる。明け方と言ってもいい時間だが、だんだん日の出が遅くなってきているから、まだ外はひんやりと暗いままだ。

 家に帰っても足元はまだ温かかった。コインランドリーとアジフライと詩集があるから、私はこれからも生きていける、そんなことを思って布団にもぐると、今度はすんなりと眠りに落ちた。

 

※飲食禁止のコインランドリーもあります!