プールと泡沫の生命観

 図1は、わたしが生と死について抱いているイメージを描いたものである。

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 すべての生命は互いに関わりあっており、全体でひとつの大きなシステム(「大きな生命」)をつくっている。わたしや猫やカマキリや細菌のような個々の生命はそこから発生し、死によってそこへ還っていく。「大きな生命」がプールだとすると、わたしという存在は、不安定に揺らぐ水面からふと切り離されて輪郭を得た泡沫にすぎない。個別の存在として自分自身の輪郭を維持するだけの力を失えばふたたびプールに沈み、水中を流動しながらほかのあらゆる生命と関係を結びつづける。

 こうした生命観を持って、わたしは以前ほど死を恐れなくなった。自己を世界と独立した存在ととらえれば、自らの意思と無関係に与えられた生は理不尽で心細く、いずれ強制的に訪れる死は得体が知れず恐ろしいものに感じられる。でも、死は、生きている者たちの世界との断絶を意味するものではない。死者もまた他者の生命を支えながら「大きな生命」のなかで生きつづけている。わたしの生命は無数の過去の生命に支えられて成り立っているし、わたしの生命のあとにも膨大な生命が積み重なっていくだろう。こうした広いつながりの内側に自己の生命を位置づけてみれば、少しは心穏やかに生きられるように思う。